このところ、夜になるとネットが重い。
Zoom飲みが流行しているのか、動画視聴、生配信が多いのか、自粛のせいでネット需要がうなぎ上りになったせいはもちろんあるだろう。とにかく、夜10時頃を過ぎると重い。そして午前4時頃になると急激に軽くなる。
この感じ、ああ、テレホーダイ時代を思い出すな、と、ネット老人会のひとりとして筆を執った次第。
NTTのテレホーダイの発表は衝撃的であった――と書きたいところだが、ネットずっぷりの連中にとっては、「やっとかよ」というため息とともに始まった、というところである。
テレホ以前は当然、ネット老人会の皆は、従量課金でパソコン通信・インターネットにつないでいたのである(この時代を知らない者はインターネット中年会ね)。
インターネットプロバイダはともかく、パソコン通信の方はこちらも従量課金である。パソコン通信のチャットなどは、60分もやれば通信料(通信会社+NTT)で1,000円以上かかってしまうのであった。
当時、ニフティサーブには各フォーラムにリアルタイム会議というものが2チャネル用意されていたが、なかなか(課金的に)入りにくいサービスではあった。
インターネットならばデータをダウンしながらチャットなどもできるが、パソコン通信は単機能である。チャットならばずっとチャットしかできない。普通の会議室と、リアルタイム会議室では、メンツがだいぶ違うので、フォーラムに対する意見がだいぶ違う、などということも良くあった。
わたしが最初に、テレホーダイの情報を私的ネットに書き込んだのは、1995年7月19日のことであった
われわれネットワーカにとっては、切っても切れないみかか代の話です。
噂の「定額料金制」ですが、みかかはついに、郵政省に認可申請したよ
うです。以下は [ GO NTTR ]で拾った情報の要旨――
●月極定額料金サービス「テレホーダイ」(ださ(^^;))
2.料 金

というわけで、遠距離通話に関しては、完全に無視という感じですね。
しかも、2電話番号ってのは少なすぎるなぁ(`_') NIF の ROAD 2/4 だ
けで埋まってしまふ。
わたしが登録するとしたら、市内で NIF の ROAD 2 と、インターネッ
トプロバイダの番号でしょうか。
しかし、中途半端な感じはいなめませんねぇ、このサービス。
こんな感想である。当時は、二大プロバイダのリムアーツとベッコアメ、どちらも私の住む地方都市にブランチがなかったので、テレホーダイ3600の選択しかなかった。
そして実際にテレホが適用されたのが翌1996年1月26日と記してある。
二番号が指定できたので、わたしはひとつをニフティサーブに、ひとつをベッコアメに指定した。
さて、テレホがネットワーカに普通に使われるようになると、当然、夜11時からは皆がログインしてくるので激重になる。
そこで、夜11時ちょっと前からログインしておく、というテクニックが使われるようになった。もちろん、その分電話料はかかるが、テレホタイムになってしまうとログインすらできなくなってしまうのだから、これはこれで有用なテクニックと言えた。
また、朝は8時まで、となっているが、正確には8時3分まではテレホタイムなのである。そこでギリギリまでねばってテレホを使う、というセコいテクニックもあった。
その後わたしはISDNを導入し、ISDNテレホーダイを使うようになる。こちらは64Kbpsなのだが、二回線を同時に束ねて(バルク転送)128Kbpsとして使うことができ、わたしはそちらを愛用していた。
私的ネットの仲間もだんだんとインターネットへ移っていき、テレホの間、チャットもヤフーメッセンジャーで、定額でできるとなれば、ニフティのチャットに拘泥する必要はなくなる。このころから、だんだんと私的ネットのメンツもバラバラになっていったという感じだ。
それでも、数年間、密度濃く、ネットで交流した皆様のことは忘れられない。もしこれをお読みの方がいらっしゃいましたら、ぜひ、ご連絡をください。
もちろん、当時の仲間で、今でも交流が続く人々もたくさんいる。ズッと、ネッ友だョ♥
インターネットの隆盛に従って、チャットソフトは、まずウェブのCGIチャット、そしてヤフーメッセンジャーになり、Skypeに変わった。初期の頃、流行したICQは、あまり性に合わずそれほど使わなかった。
テレホ全盛期には、当然、夜型になってしまうのであった。朝8時過ぎに寝て、昼起きるという、モノカキだからこその怠惰な生活を送らせてもらったものだ。
いったいそれで、今より貧弱なネットの海でなにをやっていたのか、今となっては不思議なのだが、とにかく、いろいろとウェブサーフはしていた。Netscapeがまだ有料だったころである。国内のページはほとんど見つくして、学生さんが授業で作ったページまで覗いていたりした。
ダウンロードはよくしていた。これはNetNewsである。広義の「ネット発ニュース」の意味ではない。そのむかし、そういうプロトコルの掲示板があったのだ。日本では言わずと知れた「fj」とかがある。
「fj」はクセの強いメンツばかりで、参加する気にはなれなかったが、海外のnewsgroupには、バイナリをuuencodeで投稿できるNetNewsがあり、そこのalt.binaries.pictures.tastelessという掲示板からよくダウンしていた。
ダウンといっても、webのようにバイナリが通るプロトコルではないから、上記のとおりuuencodeして、分割して上げられている。それをテレホタイムいっぱい使ってダウンして、テレホタイムが終わるとuudecodeして画像化するのである。
え、どんな画像かって? そりゃわたしも、当時は健康な男性でしたから……って、残念。tastelessというのは、「グロ画像」のアップロード掲示板であったのだ。
ダイアナ妃の事故現場という写真も、そこで最初に拾った。これはあとでフェイクとわかったが。
当時はミステリを書いていたので、そういうグロ写真も参考になるかと思っていたというところもあるが、まあ、普段見られない画像だから興味津々、というのが強かった。
それが今となっては、グロ画像はけっこう苦手である。人間、歳を取ると涙もろくなって、このグロ画像が親族、友人、知人だったら……と思うと、自然に目をそむけるようになってしまうのだな。
NetNewsもインターネットの世界的流行で消えていったサービス(というよりプロトコル)だと思う。今でも残っているのかもしれないが、興味がない。
そんなわたしのテレホタイムは、2000年8月14日、フレッツISDNの登場とともに幕を下ろすことになる。
フレッツISDN、開通しました〜。いや〜、やっぱり常時接続はいいっす。とはいえ、しょせんダイヤルアップなんですけどねー。
WebView なんかをのんびり眺められるのがいいです。いままではテレホ
タイムに、夜景ばかり見ていましたから(^^;)
などという感想を私的ネットに書き込んでいる。
そういえば、fjについて書くことはあったかな。これはそのうち、なにか思い出したら書くことにしよう。