コンビニのレジ列へ並んでいると、前のお客さんがレジへの入金に手間取ってしまい、少々、待たされることになった。
その方はかなり老齢の女性。手も震えていて、見ていて痛々しい。
店員さんはジレ気味。買い物済みの商品を入れたマイバッグを、そのお客さんのカートへ入れてあげたりしている。
わたしは「こちらは待たされても大丈夫ですよ」と微笑を浮かべて待っていたのだが、後ろについたお客さんは少しイラついていたようだ。
やがてもうひとつのレジに店員さんがつき、流れはスムーズになったのだが、その帰り道、ふと頭に「老醜」という言葉がよぎり、自分もその歳になっていることも自覚して、複雑な気持ちになった。
老いが醜いことなどない。歳を重ねることはビューティフル。白髪は誉れ、などと慰めるのは簡単だ。
老齢化時代、そういう言葉は街にあふれている。
わたしもその甘言の魅力に負けそうになる。
しかしやはり、老いは醜い。
これを認めなければ、本当の意味で老いを楽しむことはできないのだ、と。
18歳で小説家となったわたしが、当時、「稚拙」を自覚しなければ先へ進めなかったように。
おそらく、人は勘違いしやすいのだ。
老醜ではあるが、醜いことは悪いことではない。
稚拙であっても、つたないことが悪いことではないように。
還暦に見えない、などと言われて喜んでいるようではダメだ。それは結局、若さに価値を置く視点である。本物の若さにかなうわけがない。
アンチエイジングは虚しい。
ふてぶてしく、醜さを習得しながら、わたしは今日も、日々、老いていく。
2025年10月29日
【昭和の遺伝子】稚拙と老醜
posted by 結城恭介 at 23:59| 昭和の遺伝子
2025年07月16日
【昭和の遺伝子】禁煙パイポの思い出 その2
電車や飛行機の中でもすぱすぱタバコを吸えてはいたが、少しだけ禁煙のムーブメントが芽生えた頃、禁煙パイポは生まれた。
男1「(禁煙パイポを持ち)わたしはコレでタバコをやめました」
男2「(禁煙パイポを持ち)わたしもコレでタバコをやめました」
男3「わたしは(手の小指をつきだし)コレで! 会社をやめました」
というテレビコマーシャルが一世を風靡したのである。
令和の今だとこのCM、コンプライアンス的にダメかもね。
わたしも昭和の頃、タバコをやめようと思って、この禁煙パイポをくわえていた頃がある。
スーパーのタバココーナーなどでつり下げ販売されていたものを購入。当時は吸い口キャップなどもない、ただのプラスチック棒だったという記憶があるのだが、これは変質しているかもしれない。
だが、禁煙パイポでは禁煙はできなかった。やはり肺にガツンとくる重さがないとダメ。パイポはスカスカでインパクトがない。ただタバコを口寂しさでくわえている人ならよいかもしれないが、紫煙が好きなタバコ喫みには代用品にもならなかった。
今思うと、昭和の「軽薄短小」ブームのときに、この商品は生まれたのかもしれず。
わたし自身は、その後、昭和、平成を通し、ゆるい禁煙、喫煙期間を経て、病を得、断煙に成功する。
そのときは禁煙パイポに頼る必要もなかった。ただ、やめようと思うだけでやめられた。激しい禁断症状などもなかった。
意志が強いというわけでもなく、わたしはそれほど、ヘビースモーカーではなかったのかもしれない。
振り返れば、パイポはいつも陰の存在であった。
マンガのキャラの特徴づけで「いつもタバコをくわえている」というものがあるが、これもパイポではさまにならない。
ワンピースのサンジも、海外版ではぐるぐるキャンデーを嘗めている。これもどうかとは思うが。
禁煙が当然のこの令和で生まれた子たちは、まずこのパイポというものの存在を知らないかもしれない。
「わたしは、コレ(小指)で!」の意味もわからないかもしれないね。
今回、禁煙パイポをくわえて、ひょっとしたらタバコの旨さを思いだし、紫煙への渇望がうまれてしまうかもと、一瞬、危機感を覚えたのだが、そのようなことはなかった。
結局、体温計のかわりとして、今もガジガジくわえている。
21世紀も四半世紀が過ぎた現代にあって、ヨドバシドットコムで買えるのだから、禁煙パイポは、腕時計のカレンダーよりニーズがあるのだろう。
無機質なプラスチックをくわえながら、今夜は昭和に、思いを馳せる。
男1「(禁煙パイポを持ち)わたしはコレでタバコをやめました」
男2「(禁煙パイポを持ち)わたしもコレでタバコをやめました」
男3「わたしは(手の小指をつきだし)コレで! 会社をやめました」
というテレビコマーシャルが一世を風靡したのである。
令和の今だとこのCM、コンプライアンス的にダメかもね。
わたしも昭和の頃、タバコをやめようと思って、この禁煙パイポをくわえていた頃がある。
スーパーのタバココーナーなどでつり下げ販売されていたものを購入。当時は吸い口キャップなどもない、ただのプラスチック棒だったという記憶があるのだが、これは変質しているかもしれない。
だが、禁煙パイポでは禁煙はできなかった。やはり肺にガツンとくる重さがないとダメ。パイポはスカスカでインパクトがない。ただタバコを口寂しさでくわえている人ならよいかもしれないが、紫煙が好きなタバコ喫みには代用品にもならなかった。
今思うと、昭和の「軽薄短小」ブームのときに、この商品は生まれたのかもしれず。
わたし自身は、その後、昭和、平成を通し、ゆるい禁煙、喫煙期間を経て、病を得、断煙に成功する。
そのときは禁煙パイポに頼る必要もなかった。ただ、やめようと思うだけでやめられた。激しい禁断症状などもなかった。
意志が強いというわけでもなく、わたしはそれほど、ヘビースモーカーではなかったのかもしれない。
振り返れば、パイポはいつも陰の存在であった。
マンガのキャラの特徴づけで「いつもタバコをくわえている」というものがあるが、これもパイポではさまにならない。
ワンピースのサンジも、海外版ではぐるぐるキャンデーを嘗めている。これもどうかとは思うが。
禁煙が当然のこの令和で生まれた子たちは、まずこのパイポというものの存在を知らないかもしれない。
「わたしは、コレ(小指)で!」の意味もわからないかもしれないね。
今回、禁煙パイポをくわえて、ひょっとしたらタバコの旨さを思いだし、紫煙への渇望がうまれてしまうかもと、一瞬、危機感を覚えたのだが、そのようなことはなかった。
結局、体温計のかわりとして、今もガジガジくわえている。
21世紀も四半世紀が過ぎた現代にあって、ヨドバシドットコムで買えるのだから、禁煙パイポは、腕時計のカレンダーよりニーズがあるのだろう。
無機質なプラスチックをくわえながら、今夜は昭和に、思いを馳せる。
posted by 結城恭介 at 23:59| 昭和の遺伝子
2025年07月12日
【昭和の遺伝子】禁煙パイポの思い出 その1
前回の味覚異常の記事で、「これは新型コロナ後遺症なのかも」と書いたが、本当にそうなのかもしれない。
というのも、明らかに新型コロナが遺したセキ以外にも、Before Coronaとは違った感覚があるからだ。
症状として名称があるわけではないのだが、なにか、全身に厚さ1センチほどの皮をかぶっているような感じ。
そして、自分で自分を操縦しているような、意志と行動にわずかなタイムラグがあり、とても気持ちが悪い。
いわゆる離人症とはまた違うと思う。
一緒に新型コロナに罹患した細君に「今こんな感じなんだよね」と、上記の症状を話したら「わかる! あたしも今それ」とのことなので、やはりこれは新型コロナがもたらした嫌な感覚なのだろう。
さらにわたしは、寝室で体温計を口にくわえる習慣がついてしまった(体温は舌下派)。
これも、新型コロナの高熱を、歯を食いしばって耐えた後遺症である。
熱が下がった今でも口寂しいので、ポイと体温計を口にしてしまう。36.5度。うむ。
延々、体温計をくわえているわけにはいかないので、昭和なつかしアイテムの「禁煙パイポ」をAmazonに注文してみた。
いや、最初は令和の今、まだ売っていると思わなかったのだが、検索すると出てくるのよ。んで、ポチっとな。
昭和の頃は、味もなにもない、ただのくわえるプラスチックの棒だったという記憶があるのだが(違うかも)、今はミントや柑橘系のフレーバーがあるという。そこでミントを注文なり。
――ら、ぜんぜん届かない。Amazon発送ではない品だからということもあるが、一週間経ってもステータスが「発送のめどがついたらメールします」である。
このままでは体温計がガジガジになってしまうので、そちらはそちらとして、ヨドバシドットコムで新たに注文してみた。
こちらは間一日あけてすぐに商品到着。ヨドバシドットコムあなどりがたし。
届いたのは、柑橘系フレーバーのもの。三本でひと箱。
さっそく箱をあけて一本取り出す。吸い口にキャップがあり、外して、口にヒョイ。むむ、吸えない。と思ったら、吸気口にフタがしてあった。
昭和のパイポもこんなだったかなぁ?
フタを外して吸ってみる。普通に柑橘系のフレーバー。まあ、吸うのが目的ではないのでそれにこだわりはない。
つづく!
というのも、明らかに新型コロナが遺したセキ以外にも、Before Coronaとは違った感覚があるからだ。
症状として名称があるわけではないのだが、なにか、全身に厚さ1センチほどの皮をかぶっているような感じ。
そして、自分で自分を操縦しているような、意志と行動にわずかなタイムラグがあり、とても気持ちが悪い。
いわゆる離人症とはまた違うと思う。
一緒に新型コロナに罹患した細君に「今こんな感じなんだよね」と、上記の症状を話したら「わかる! あたしも今それ」とのことなので、やはりこれは新型コロナがもたらした嫌な感覚なのだろう。
さらにわたしは、寝室で体温計を口にくわえる習慣がついてしまった(体温は舌下派)。
これも、新型コロナの高熱を、歯を食いしばって耐えた後遺症である。
熱が下がった今でも口寂しいので、ポイと体温計を口にしてしまう。36.5度。うむ。
延々、体温計をくわえているわけにはいかないので、昭和なつかしアイテムの「禁煙パイポ」をAmazonに注文してみた。
いや、最初は令和の今、まだ売っていると思わなかったのだが、検索すると出てくるのよ。んで、ポチっとな。
昭和の頃は、味もなにもない、ただのくわえるプラスチックの棒だったという記憶があるのだが(違うかも)、今はミントや柑橘系のフレーバーがあるという。そこでミントを注文なり。
――ら、ぜんぜん届かない。Amazon発送ではない品だからということもあるが、一週間経ってもステータスが「発送のめどがついたらメールします」である。
このままでは体温計がガジガジになってしまうので、そちらはそちらとして、ヨドバシドットコムで新たに注文してみた。
こちらは間一日あけてすぐに商品到着。ヨドバシドットコムあなどりがたし。
届いたのは、柑橘系フレーバーのもの。三本でひと箱。
さっそく箱をあけて一本取り出す。吸い口にキャップがあり、外して、口にヒョイ。むむ、吸えない。と思ったら、吸気口にフタがしてあった。
昭和のパイポもこんなだったかなぁ?
フタを外して吸ってみる。普通に柑橘系のフレーバー。まあ、吸うのが目的ではないのでそれにこだわりはない。
つづく!
posted by 結城恭介 at 23:59| 昭和の遺伝子
2021年02月06日
【昭和の遺伝子】A面B面文化
運転中、ステアリングを握りながら――
わたし「アレクサ、あいみょんのしね≠かけて」
アレクサ「アマゾンミュージックで、あいみょんの貴方解剖純愛歌〜死ね〜≠再生します」

(あいみょんさんご本人のチャンネルにアップされている「あいみょん「貴方解剖純愛歌〜死ね〜」LINEで作ったリリックムービー」より引用)
いやー、最高だわこれ。車載のAmazon Echoデバイス、Amazon Echo Autoのことである。
Echo Auto自体は、紐付けられたスマホが必須で、結局、スマホと車載オーディオシステム(BluetoothかAUX)の仲介を、スマホ内のアレクサアプリがやっているという仕組み。そのため評価は、綺麗に「使える」、「使えない」と分かれているようだが、わたしにはとてもツボにはまり使えるデバイスであった。
家でもEchoシリーズでAmazon Musicを聴いている。PCでプレイリストを作成して、Echoでそれを流せるので、実に快適である。
ここでTIPS。自分で作成したプレイリストをEchoで再生させるには「アレクサ、わたしのプレイリスト恭介のお気に入り≠再生」などというようにわたしのプレイリスト≠つけるとよい。これを知ってから、アレクサが作成したプレイリストを見つけてくれない、というような事態がなくなった。
サブスクで最近の曲を聴くようになってから、自分の生活では聴くことがなかったであろうミュージシャンの楽曲に親しめるようになったのが嬉しい。
前述のあいみょんさんや、ヨルシカ、YOASOBIなど、Amazon Musicに入らなかったら、おそらくこの先、一生、積極的に聴くことはなかったろう。
ちょっと前の笑い話に「CDを知らない世代の子が、音楽をCD再生する親を見て『WiFiがないのに曲を再生できるの!?』とびっくりした」というものがある。これが実話かどうかわからないが、自分が音楽サブスクにどっぷりつかってみると、なるほど、これもこの先、実話になってもおかしくないな、という気がしてくる。
音楽は手元の音源からではなく、空気のようにそこらを漂い、それをキャッチする時代になるのだなぁ。
ちなみにWiFiのもと、イーサネットのEtherは、その昔、宇宙に充満していると考えられていたエーテルからきているのである。真空の宇宙でも熱を伝える媒介がないのはおかしい、それはきっとエーテル≠ニいう未知のモノが満ちていて媒介になっているのだ、と考えられていたのだ。
音楽は空気を通してスピーカーから鼓膜へ伝わる。一周回って、WiFiが音楽を媒介しているというこの発想は実に面白い。
音楽をサブスクで聴くようになってから「あ、この文化は完全に廃れるな」と感じるものもあった。それが%title%の「A面B面文化」である。
その昔、当然のように音楽を納める媒体がレコードであった時代には、アルバムにもシングルにも「A面B面文化」というものがあった。
シングルならば、A面にヒット曲、B面にそれほどでもない曲を納めるというのは普通だったし、アルバムだと、A面でまず起承転結、B面でも起承転結の楽曲を並べ、特にB面の最後には、最後を締める盛り上げ曲を入れるのが当然だったのである。
以前にも書いたが、クラシックなどの場合、盛り上がる最後をいい音質で納めるために、内側から針を落とす珍品アルバムなどもあった。レコードの場合、 角速度一定なので、外側の方が音がいいのである。
CDになって、「A面B面文化」に変化が起こる。周知の通り、CDにはA面B面は存在しない。最初の数年は、レコードと併売だったので、戸惑いもあったが、そのうちレコードが消え、音楽アルバムは全体で起承転結を構成するように作られるようになった。
そして、このサブスク時代。わたしは今、あいみょんさんを毎日聴いているのだが(かなりハマっている)、あいみょんさんのアルバムや、その曲の並びなどはまったく知らない。アレクサが適当にシャッフル再生してくれるので、全曲をフラットに聴くことができる。
これはミュージシャンにとって、痛し痒しのところもあるだろう。アルバムで起承転結をつけたいミュージシャンにとってみれば、サブスクでシャッフル再生されてしまうのは残念に違いない。
それでも、時代はCDから確実にサブスクへと移行している。レコードがなくなったように、CDもなくなる――と断言してしまうのは怖いが、かなり売上高が減っていくのは道理だ。遠くない将来、CDという媒体は、手元に音源を置いておきたいマニアが買うようなメディアになっていくのかもしれない。
小説やマンガの短編集も似たような所――一冊全体で起承転結を構成し、最後に盛り上げる話を配置する――があるが、これは電書になっても変わりがないようだ。
将来的に、短編ひとつひとつを個別売りするようになれば話は別かもしれないし、そういうことをマンガでやっている販売元もあるが、これは正直、買うのも読むのも面倒だ。
A面B面文化とはまたちょっと話が違うが、一曲の音源をmp3で買うのも安くて良い。今は気に入ったヒット曲が200円くらい、エナドリを買う値段で入手できてしまうのだから。
昔はCDシングルでさえ、700円はしたのだ。
細君はまだ、CD派のところがある。それはライナーノーツを読むのが好き、という、また別の理由からだ。
確かにサブスクではライナーノーツは読めない。レコードがCDになったときも、ジャケットが小さくなってつまらなくなった、という嘆きの声があったことを思い出す。
わたしはライナーノーツは別にいらない派なので、特に不満はない。WikiPediaでいいじゃん。ダメ?
というわけで、わたしはもう、音楽はサブスクで十分派である。このあたり、昨秋のアレクサ体験で、180度の意識改革があったのようだ。
わたし「アレクサ、あいみょんしね」
アレクサ「ごめんなさい、ちょっとわかりません」
いやはや、これはさすがに略しすぎだ。反省。
しかし、あいみょんさんはいい(すごくハマっている)。新曲の「スーパーガール」もAmazon Musicオリジナルで、男女の共依存を描いている。彼女はサブスク時代の中島みゆきさんになるかもしれない。
ここで「あいみょんさんのアルバム買うかなぁ」と少しでも思ってしまうあたり、やはりわたしは昭和を引きずっているのであった。
追記:アップする直前になって、サブスクとかなり相性の悪い楽曲ジャンルがあることを思い出した。クラシックである。「アレクサ、ホロビッツの1951年カーネギーホールでのライブ展覧会の絵≠聞かせて」ができる時代は、まだまだ先かもしれない。
わたし「アレクサ、あいみょんのしね≠かけて」
アレクサ「アマゾンミュージックで、あいみょんの貴方解剖純愛歌〜死ね〜≠再生します」

(あいみょんさんご本人のチャンネルにアップされている「あいみょん「貴方解剖純愛歌〜死ね〜」LINEで作ったリリックムービー」より引用)
いやー、最高だわこれ。車載のAmazon Echoデバイス、Amazon Echo Autoのことである。
Echo Auto自体は、紐付けられたスマホが必須で、結局、スマホと車載オーディオシステム(BluetoothかAUX)の仲介を、スマホ内のアレクサアプリがやっているという仕組み。そのため評価は、綺麗に「使える」、「使えない」と分かれているようだが、わたしにはとてもツボにはまり使えるデバイスであった。
家でもEchoシリーズでAmazon Musicを聴いている。PCでプレイリストを作成して、Echoでそれを流せるので、実に快適である。
ここでTIPS。自分で作成したプレイリストをEchoで再生させるには「アレクサ、わたしのプレイリスト恭介のお気に入り≠再生」などというようにわたしのプレイリスト≠つけるとよい。これを知ってから、アレクサが作成したプレイリストを見つけてくれない、というような事態がなくなった。
サブスクで最近の曲を聴くようになってから、自分の生活では聴くことがなかったであろうミュージシャンの楽曲に親しめるようになったのが嬉しい。
前述のあいみょんさんや、ヨルシカ、YOASOBIなど、Amazon Musicに入らなかったら、おそらくこの先、一生、積極的に聴くことはなかったろう。
ちょっと前の笑い話に「CDを知らない世代の子が、音楽をCD再生する親を見て『WiFiがないのに曲を再生できるの!?』とびっくりした」というものがある。これが実話かどうかわからないが、自分が音楽サブスクにどっぷりつかってみると、なるほど、これもこの先、実話になってもおかしくないな、という気がしてくる。
音楽は手元の音源からではなく、空気のようにそこらを漂い、それをキャッチする時代になるのだなぁ。
ちなみにWiFiのもと、イーサネットのEtherは、その昔、宇宙に充満していると考えられていたエーテルからきているのである。真空の宇宙でも熱を伝える媒介がないのはおかしい、それはきっとエーテル≠ニいう未知のモノが満ちていて媒介になっているのだ、と考えられていたのだ。
音楽は空気を通してスピーカーから鼓膜へ伝わる。一周回って、WiFiが音楽を媒介しているというこの発想は実に面白い。
音楽をサブスクで聴くようになってから「あ、この文化は完全に廃れるな」と感じるものもあった。それが%title%の「A面B面文化」である。
その昔、当然のように音楽を納める媒体がレコードであった時代には、アルバムにもシングルにも「A面B面文化」というものがあった。
シングルならば、A面にヒット曲、B面にそれほどでもない曲を納めるというのは普通だったし、アルバムだと、A面でまず起承転結、B面でも起承転結の楽曲を並べ、特にB面の最後には、最後を締める盛り上げ曲を入れるのが当然だったのである。
以前にも書いたが、クラシックなどの場合、盛り上がる最後をいい音質で納めるために、内側から針を落とす珍品アルバムなどもあった。レコードの場合、 角速度一定なので、外側の方が音がいいのである。
CDになって、「A面B面文化」に変化が起こる。周知の通り、CDにはA面B面は存在しない。最初の数年は、レコードと併売だったので、戸惑いもあったが、そのうちレコードが消え、音楽アルバムは全体で起承転結を構成するように作られるようになった。
そして、このサブスク時代。わたしは今、あいみょんさんを毎日聴いているのだが(かなりハマっている)、あいみょんさんのアルバムや、その曲の並びなどはまったく知らない。アレクサが適当にシャッフル再生してくれるので、全曲をフラットに聴くことができる。
これはミュージシャンにとって、痛し痒しのところもあるだろう。アルバムで起承転結をつけたいミュージシャンにとってみれば、サブスクでシャッフル再生されてしまうのは残念に違いない。
それでも、時代はCDから確実にサブスクへと移行している。レコードがなくなったように、CDもなくなる――と断言してしまうのは怖いが、かなり売上高が減っていくのは道理だ。遠くない将来、CDという媒体は、手元に音源を置いておきたいマニアが買うようなメディアになっていくのかもしれない。
小説やマンガの短編集も似たような所――一冊全体で起承転結を構成し、最後に盛り上げる話を配置する――があるが、これは電書になっても変わりがないようだ。
将来的に、短編ひとつひとつを個別売りするようになれば話は別かもしれないし、そういうことをマンガでやっている販売元もあるが、これは正直、買うのも読むのも面倒だ。
A面B面文化とはまたちょっと話が違うが、一曲の音源をmp3で買うのも安くて良い。今は気に入ったヒット曲が200円くらい、エナドリを買う値段で入手できてしまうのだから。
昔はCDシングルでさえ、700円はしたのだ。
細君はまだ、CD派のところがある。それはライナーノーツを読むのが好き、という、また別の理由からだ。
確かにサブスクではライナーノーツは読めない。レコードがCDになったときも、ジャケットが小さくなってつまらなくなった、という嘆きの声があったことを思い出す。
わたしはライナーノーツは別にいらない派なので、特に不満はない。WikiPediaでいいじゃん。ダメ?
というわけで、わたしはもう、音楽はサブスクで十分派である。このあたり、昨秋のアレクサ体験で、180度の意識改革があったのようだ。
わたし「アレクサ、あいみょんしね」
アレクサ「ごめんなさい、ちょっとわかりません」
いやはや、これはさすがに略しすぎだ。反省。
しかし、あいみょんさんはいい(すごくハマっている)。新曲の「スーパーガール」もAmazon Musicオリジナルで、男女の共依存を描いている。彼女はサブスク時代の中島みゆきさんになるかもしれない。
ここで「あいみょんさんのアルバム買うかなぁ」と少しでも思ってしまうあたり、やはりわたしは昭和を引きずっているのであった。
追記:アップする直前になって、サブスクとかなり相性の悪い楽曲ジャンルがあることを思い出した。クラシックである。「アレクサ、ホロビッツの1951年カーネギーホールでのライブ展覧会の絵≠聞かせて」ができる時代は、まだまだ先かもしれない。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子
2019年11月13日
【昭和の遺伝子】デジタル時計
昭和中期、高度成長期時代には、デジタル時計は繁栄の象徴であった。
デジタル時計に必須の水晶発振子――クォーツ――が内蔵された時計は、まだまだ高値の花であったし、それをさらに小型化し腕時計にするなどは、技術的にも先の話であった。
駅の時計もアナログ式で、もちろんクォーツではない。内蔵振り子を使った機械式のものである。
個人が使う腕時計も、もちろん内蔵振り子を使ったもの。当時はネジでゼンマイを巻いて動力にするのが普通で、腕の動きでゼンマイを自動巻きにする機構が「すごい技術が出たものだ」と感嘆されたものだった。
それでも、精度はけっこう悪くなかったような憶えがある。もちろんクォーツのように月差数秒のレベルではなく、毎日、NHKの時報を聞いて時間あわせをするわけだが。
NHKの時報と言えば、気づくと、もう「ピッピッピッポーン」の画面が流れなくなっている。当時は正時前に時計が画面に大映しされ、57秒からピッピッピッポーンと時間を教えて、番組に入ったものだったのだ。
その後、クォーツはどんどん小型化され、駅の時計もデジタル時計になった。このデジタルの「分」が変わる瞬間が見たくて、子どもたちはその時計を凝視していたものだった。
当時は液晶技術もまだ出始めで、最初に出たデジタル腕時計は8セグメントの発光式だったと記憶している。これの仕様が苦肉の策だった。ずっと時間を発光しつづけると、電池がすぐなくなってしまうものだから、スイッチを押したときだけ、時間を発光するという代物。
それでも、満員電車の中、これをつけた腕がつり革を握っていたりすると「おっ!」と皆に感心されたものだった。
クォーツも液晶も、どんどん進化が進み、もう数年後には、腕時計に使われるくらいに実用化していた。
わたしが中学校にあがり、最初に腕に巻いた腕時計も、液晶のクォーツデジタルであった。発光式と違い、常に時刻は表示されているが、秒まではわからない。ストップウォッチ機能がついていたが、リセット機能が「ボタンを押し続けるとリセット」という、使いにくいものだった。精度も十分の一秒まで。大抵がそうではなかったかな。
まだ「軽薄短小」という言葉が生まれていない頃である。
クォーツ時計は爆発的に売れたので、あっという間に安価になり、機械式時計の生産量をすぐ追い抜いた。当時は冒頭に書いたとおり、デジタル時計は繁栄の象徴であった。
もちろん、アナログ派も根強く残っていて、「デジタル時計を使うと時間の感覚がわからなくなる」、「時間計算にはアナログがいい」、「いや、なんと言ってもデジタルの方が正確だ」、というような議論がなされていた。
教育的要素はともかく、この頃は、なんと言っても正確なデジタル時計派の方が優勢だった印象がある。
デジタル時計が安価になり、置き時計も腕時計もほとんどがデジタル表示化されるようになると、時計業界はクォーツでアナログ表示、という時計をつくるようになる。
すると揺り返しのように、クォーツのアナログ表示時計が増えてくるようになった。
駅の時計も、またアナログ表示に戻り、子どもたちは、腕時計の秒針が秒でステップすることに未来を感じたのであった。
しかし考えてみると、時間というものは切れ目なく流れていくものだから、今は皆が当然のように受け止めている、この「秒針がステップ表示」というものは、正確にはアナログではないのかもしれない。
高校の頃、担任の教師が持っていた腕時計は、秒針がステップ表示ではなく、珍しくスイープ(切れ目なく回る)タイプで、皆で集まって見学し「おおおー」と声をあげた憶えがある。
そしてバブルの頃は、むしろクォーツより、正確な機械式アナログ時計がもてはやされるようになったのだから、人間というのは不思議なものだ。
この風潮は令和の今でも続いているようである。クォーツを使わない機械式で、月差数秒というところに、人間の技術の粋を集めたロマンを感じるのであろうか。
わたしはプラクティカルな人間なもので、そんな機械式より、クォーツで、電波補正式が一番だと思っているが、盤面に限っては、腕時計は(クォーツの)アナログ派に戻っている。やはり時計はアナログ表示が一番わかりやすい。
この記事は、実は令和元年、11月11日に書いている。令和1年11月11日の、ちょうど11時11分を過ぎたところで、そう言えば昭和の時代は――と連想して書き始めたもの。
今やクォーツの液晶デジタル時計は、百均でも買える時代である。それを手に取ると、少年時代のデジタル時計へのあこがれを思いだし、隔世の念にとらわれずにはいられない。
デジタル時計に必須の水晶発振子――クォーツ――が内蔵された時計は、まだまだ高値の花であったし、それをさらに小型化し腕時計にするなどは、技術的にも先の話であった。
駅の時計もアナログ式で、もちろんクォーツではない。内蔵振り子を使った機械式のものである。
個人が使う腕時計も、もちろん内蔵振り子を使ったもの。当時はネジでゼンマイを巻いて動力にするのが普通で、腕の動きでゼンマイを自動巻きにする機構が「すごい技術が出たものだ」と感嘆されたものだった。
それでも、精度はけっこう悪くなかったような憶えがある。もちろんクォーツのように月差数秒のレベルではなく、毎日、NHKの時報を聞いて時間あわせをするわけだが。
NHKの時報と言えば、気づくと、もう「ピッピッピッポーン」の画面が流れなくなっている。当時は正時前に時計が画面に大映しされ、57秒からピッピッピッポーンと時間を教えて、番組に入ったものだったのだ。
その後、クォーツはどんどん小型化され、駅の時計もデジタル時計になった。このデジタルの「分」が変わる瞬間が見たくて、子どもたちはその時計を凝視していたものだった。
当時は液晶技術もまだ出始めで、最初に出たデジタル腕時計は8セグメントの発光式だったと記憶している。これの仕様が苦肉の策だった。ずっと時間を発光しつづけると、電池がすぐなくなってしまうものだから、スイッチを押したときだけ、時間を発光するという代物。
それでも、満員電車の中、これをつけた腕がつり革を握っていたりすると「おっ!」と皆に感心されたものだった。
クォーツも液晶も、どんどん進化が進み、もう数年後には、腕時計に使われるくらいに実用化していた。
わたしが中学校にあがり、最初に腕に巻いた腕時計も、液晶のクォーツデジタルであった。発光式と違い、常に時刻は表示されているが、秒まではわからない。ストップウォッチ機能がついていたが、リセット機能が「ボタンを押し続けるとリセット」という、使いにくいものだった。精度も十分の一秒まで。大抵がそうではなかったかな。
まだ「軽薄短小」という言葉が生まれていない頃である。
クォーツ時計は爆発的に売れたので、あっという間に安価になり、機械式時計の生産量をすぐ追い抜いた。当時は冒頭に書いたとおり、デジタル時計は繁栄の象徴であった。
もちろん、アナログ派も根強く残っていて、「デジタル時計を使うと時間の感覚がわからなくなる」、「時間計算にはアナログがいい」、「いや、なんと言ってもデジタルの方が正確だ」、というような議論がなされていた。
教育的要素はともかく、この頃は、なんと言っても正確なデジタル時計派の方が優勢だった印象がある。
デジタル時計が安価になり、置き時計も腕時計もほとんどがデジタル表示化されるようになると、時計業界はクォーツでアナログ表示、という時計をつくるようになる。
すると揺り返しのように、クォーツのアナログ表示時計が増えてくるようになった。
駅の時計も、またアナログ表示に戻り、子どもたちは、腕時計の秒針が秒でステップすることに未来を感じたのであった。
しかし考えてみると、時間というものは切れ目なく流れていくものだから、今は皆が当然のように受け止めている、この「秒針がステップ表示」というものは、正確にはアナログではないのかもしれない。
高校の頃、担任の教師が持っていた腕時計は、秒針がステップ表示ではなく、珍しくスイープ(切れ目なく回る)タイプで、皆で集まって見学し「おおおー」と声をあげた憶えがある。
そしてバブルの頃は、むしろクォーツより、正確な機械式アナログ時計がもてはやされるようになったのだから、人間というのは不思議なものだ。
この風潮は令和の今でも続いているようである。クォーツを使わない機械式で、月差数秒というところに、人間の技術の粋を集めたロマンを感じるのであろうか。
わたしはプラクティカルな人間なもので、そんな機械式より、クォーツで、電波補正式が一番だと思っているが、盤面に限っては、腕時計は(クォーツの)アナログ派に戻っている。やはり時計はアナログ表示が一番わかりやすい。
この記事は、実は令和元年、11月11日に書いている。令和1年11月11日の、ちょうど11時11分を過ぎたところで、そう言えば昭和の時代は――と連想して書き始めたもの。
今やクォーツの液晶デジタル時計は、百均でも買える時代である。それを手に取ると、少年時代のデジタル時計へのあこがれを思いだし、隔世の念にとらわれずにはいられない。
posted by 結城恭介 at 08:00| 昭和の遺伝子
