2018年04月30日

【カットリク!】「聖メンバー」への崇敬

 この記事の内容の信頼性について検証が求められています。確認のための文献や情報源をご存知の方はご提示ください。


「聖メンバー」はキリスト教の聖人であるが、カトリック、正教会、聖公会とも、正式な聖人とは認めていない。

 忘れ去られた聖人として、長い世紀を隔て知られることがなかったが、2001年に「ジャニーズ宣教会(*1)」の稲垣吾郎氏が駐車違反と公務執行妨害で警察に逮捕されたとき、同氏の名が「稲垣メンバー」という「聖メンバー」の洗礼名(*2)付きでマスコミ各社に報道され、「聖メンバー」という聖人の存在が改めて衆目を浴びるようになった。

(*1)「ジャニーズ宣教会」はインターネットへの顔出しを禁じる厳しい規律があり、所属会員がネットに載るときは姿を黒塗りにするというおきてが長らく厳守されていたが、近年になって解禁されており、同宣教会の宣教力の低下を懸念する声がある(誰から?)

(*2)キリスト教徒が洗礼をうけたときに与えられる名、霊名、クリスチャンネームとも呼ばれる。多くは尊敬する聖人の名などを取ってつけられる。

「聖メンバ−」の聖人としての逸話は謎に包まれており、盗んだロバを勝手に宿屋に止め、それをとがめた者を無視して逃げる。裸で森を歩くなどの奇行を繰り返していたというが、あるとき、「電波の愛修道会(*3)」のマザー・ソンタクに出会い、キリストに帰依するようになったという(要出典)

(*3)20世紀には、ラジオ、テレビを通じ、その宣教活動は絶大なものがあったが、ネットのある現在、その影響力は格段に落ちているという一部の識者(誰?)の指摘がある。

 しかし、その逸話はもちろん、「聖メンバー」自体の存在すら疑う声が多く、一応、殉教記念日は8月24日となっているが、カトリック、正教会、聖公会ともまったく無視しているのが現状である。

 似たような聖人として「聖タレント」、「聖ショゾク・タレント」、「聖モト・メンバー」「聖ギタリスト」「聖シカイシャ」などの存在も見直されているが、彼らの聖人としての逸話が反社会性という点で「聖メンバー」と共通しており、やはり正式な聖人として認定されてはいない。

「聖メンバー」の存在は上記のように一時注目された後、また忘れられつつあったが、2018年4月26日、ジャニーズ宣教会の山口達也氏が強制わいせつ事件によって書類送検され、同氏の洗礼名がやはり「メンバー」であったことから、再び「山口メンバー」という名がマスコミに流れ、「聖メンバー」の名がネットを駆け巡ることになった。

 しかし現在においても、やはりメンバーという聖人の存在は疑問視されており、この先も、キリスト教界が聖人として認めることはないと思われる。
(一部の例外として、「電波の愛修道会」のマザー・ソンタク派のみが、上記各種聖人の存在を主張している状況である)

カットリク!ポイント75――
 カットリクには「聖メンバー」という聖人が存在する。


 なお、世間の一部に「聖ヨウギシャ」という聖人の存在を信じる声があるが、これは明確に「容疑者」の読み間違いであると思われる。
posted by 結城恭介 at 08:00| 新興宗教カットリク!の研究

2017年10月28日

【カットリク!】腹ペコのマリー

 田村隆平「腹ペコのマリー」1巻〜2巻(以下続刊)

 主人公の美女木タイガは男子高校生。子どもの頃、隣の教会に越してきた女の子、鷺宮アンナに六年間恋している。
 しかしタイガの家は稼業がお寺。告白はもちろん、近づくことさえできずにいた。
 そんなある日、タイガは鷺宮家のとある儀式≠フ生贄として捕らえられてしまう。鷺宮家の先祖は代々マリー・アントワネットに仕えており、その復活を企んでいたのだ。
 儀式直前の夜、二人きりになったタイガとアンナ。勢いに乗じて彼女に恋の告白をした瞬間、雷が落ち、タイガはマリーアントワネットの娘「マリー・テレーズ・シャルロット」に変身してしまう。
 中途半端な召還の結果、いつもは「マリーの体でタイガの心」。空腹になると「タイガの体でマリーの心」になるという妙なことになってしまったタイガ。果たしてこの先、どうなることやら――。


 というお話なのだが、鷺宮家は「新興宗教カットリク!」のエヴァンジェリスト(福音宣教者)であった。



 まず、神父がいて、過去に妻帯しており、娘がいる。

カットリク!ポイント36――
カットリク!は神父だけど結婚できちゃう。子どももつくっちゃう。


 そして、ただの高校生であるアンナが、神父の娘≠ナあるというだけで、告解部屋で信徒の聴罪をしてしまう。





カットリク!ポイント39――
カットリク!では、高校生が現役のシスターになれちゃう。


カットリク!ポイント40――
カットリク!ではシスターも聴罪しちゃう!


 というところで、100パーセントカットリク! なのだが、作中、「教会」は出て来れど、特に「カトリック」とか「キリスト教」とか明記してあるわけではないので、このくらいは全然アリかな、という感じではある。

 何度も記しているが、「カットリク!」であることと作品の面白さはまた別。もとがブッとんだ設定のお話であるのだから、それはそれで楽しめればよしなのである。

 ただ(これも何度も書いているが)、本物のカトリックではありえない、「神父が結婚」、「シスターが聴罪」ということが日本での常識になってしまわないため、念のため、「カットリク!」と指摘しているわけで、そこのあたりはご理解のほど。

 お話はこの先、少年マンガ定番のバトル展開を迎えつつ、どうなっていくのか興味あるところ。田村先生の筆が冴える作品になっていきそうだ。

 冒頭、ミステリアスな美少女だったアンナが正体を見せて壊れていくのがなかなか楽しい。



 からのー↓



 いいなぁこういうの、大好物。
 そういえばこの記事、肝心のマリーの引用を全然していないことに気がついたが、それはぜひとも、「腹ペコのマリー」本編の方を電子書籍が書店でぜひ。
posted by 結城恭介 at 08:00| 新興宗教カットリク!の研究

2017年09月14日

【カットリク!】ばくおん!!

 おりもとみまな「ばくおん!!」10巻より。

 80年代にタイムスリップしてしまった凜と羽音。そこで凜は自分の父、刃と出会ってしまう。ところが驚いたことに、刃はカタナのことを嫌いだという。刃がカタナを好きにならないと歴史が変わってしまう。駆けつけたキリピー様も、カタナのことを冒涜していると刃が天罰で死ぬ、とおっしゃる。
「教えよう…。カタナの真実…。神は6日間で世界を作り、7日目にその世界をツーリングした」「そのときの乗り物こそ今のカタナの原型になったものだ…!!」




「カタナのデザインとは人が考えたものではない…神が宇宙の摂理をもとに作り出したもの」「そして歴史上たびたび現れる予言者がその神の意思を受け取り人の目に見える形として表した…」


 ( ・∀・)つ〃∩ヘェーヘェーヘェー

 キリストもんとしても、わりとそれっぽくて面白い(笑)
 実際、エゼキエル書冒頭に出てくる謎の神の乗り物はなんだったのだろう、とは、現代でもよく議論されたりもする。

 ところで、ひとつだけ間違いが。
「予言者」は「預言者」が正しく、「予言者」ではない。欄外に「※予言者:神の言葉を預かる者」と注釈があるとおり、神の言葉を預かるからこそ、未来を予測する「予言者」ではなく「預言者」なのである。



 ただ、漢語としての「予言」と「預言」はほぼ同義で使われてきたという歴史があり、アブラハムの宗教における「預言」と「予言」の差異が日本人にはいまいちピンとこないというところはあるのだろう。

 本作では「神の意志を受け取り」となっているので「預言者」が正しいのは言うまでもない通り。
 ちなみに「新共同訳聖書」で「予言」という単語は一箇所も使われていない(「預言は634箇所。ただしアポクリファ含む)。
 新約聖書を「新訳聖書」と誤植するくらいは見逃してもいいかな、と思っているが(「【カットリク!】ゴルゴ13(文庫版)88巻解説」参照)、こちらはちょっと残念に思うので、カットリク!ポイントに挙げておこう。

カットリク!ポイント73――
カットリク!には「予言者」が存在する。


 わたしはバイクに乗らないので、「ばくおん!!」のギャグの多くはよくわからないのだが、それでも毎巻、ニマニマ楽しみながら読んでいる。校長先生がお気に入り。
 というか、おりもと先生の描くアラサー、アラフォー女子が好き♪ 「メイドいんジャパン」のエマ先生、近衛先生の壊れっぷりもサイコーである。

 バイクネタがよくわからないわたしでも面白いのだから、おりもと先生の才能には感服である。TSネタ好きとしては短編集「性なる嘘つき」も取り上げたいところだが、一編一編の完成度が高すぎて、なかなか評としては書きづらいのであった。

 どうか好きなバイクで事故ったりなさらず、これからもご健筆を!
posted by 結城恭介 at 08:00| 新興宗教カットリク!の研究

2017年09月04日

【カットリク!】ゴルゴ13(文庫版)88巻解説

 さいとう・たかを「ゴルゴ13(文庫版)」88巻の解説より

 特殊性癖の質問を聴衆からいきなりされても動じないシンプソン博士のことを「血液型性格診断」の記事を書いて思い出して引用として貼り、そのストーリー「血液サンプルG」が載っている文庫版88巻の解説を読み、あらら、と筆をとった。

 なお、シンプソン博士についてご興味がおありの方は、「特殊性癖 シンプソン博士」あたりでググられるとよろしいかと。「血液サンプルG」の一ページをそれらしいコラ画像にしてあり笑ってしまうのだが、コラ画像は著作権的に貼れないので(引用にならず著作者の同一保持権を侵害する)、おのおのでお探しいただくしかない。

 さて、この「ゴルゴ13(文庫版)」88巻の解説、杉森昌武先生がお書きになられていらっしゃるのだが、一部間違いあり、しかし全体として間違っているわけでもなく、ちょっとセンシティブなので、いささか長めだが、前文全部を引用させていただいた。







 ゴルゴ13の名前の由来としてしばしば言われている、「ゴルゴダの丘でイエス・キリストにいばらの冠をかぶせた13番目の男」とは、すなわちイスカリオテのユダのことである。
 キリスト教世界で、史上最大の裏切り者として忌み嫌われてきたこのユダは、イエスが処刑された後、裏切った事を後悔して自殺したとも、あるいは事故死したとも言われている
 ゴルゴなら自責の念から自殺することも、ささいな不注意で事故に遭う事も考えられない。したがって、ゴルゴをユダになぞらえるのは、あまり適切とは言えないように思う。
 ところで、ユダが13番目の男と言われるようになったのには、ちょっとした誤解がある。
 イエスには生前、12人の主だった弟子がいて、新訳聖書(ママ)では、ユダの名前を12番目に記しているが、とにかく12人のうちの一人だった。
 それが、イエスの死後、弟子たちが教団を立ち上げる時に、ユダは裏切り者の汚名を着たまま死んでいた(ひょっとすると、内ゲバで殺されたのかもしれない)ので、経理担当だった彼の代わりを補充して、十二使徒と称するようになったのである。
 元来、12番目の男だったはずのユダは、いつの間にか13番目の男にされ、ついでに13という数字が忌み嫌われるようになってしまったわけである。
 イエスが処刑されようとした時、12人の弟子たちは誰一人としてその現場にはいなかった。みな、イエスの仲間として逮捕されたり処刑されたりするのがいやで、雲隠れしてしまったのである。
 そういう意味では、積極的か消極的かの違いはあっても、12人の弟子たちはユダと同じ裏切り者と言うしかない。
 ユダももちろん、現場にいなかったのだから、「ゴルゴダの丘でイエス・キリストにいばらの冠をかぶせた13番目の男」ではあり得ない。
 新訳聖書(ママ)を読めば、いばらの冠をかぶせたのがユダではないという事はすぐ分かるはずなのだが、こうした誤解は一人歩きをしていつしか定着してしまうもので、ユダはイエスを裏切った上に、いばらの冠をかぶせたひどい男という事にされてしまったのである。
「悪事千里を走る」(悪い噂はたちまち広がる)の典型的な例と言えるだろう。
 ゴルゴという男は、13という不吉な数字がよく似合う男なのかもしれないが、少なくとも相手が裏切らない限りは、誰かを裏切るという事はない。これはゴルゴにとって鉄壁のルールであり、ビジネス哲学でもある。
 そうした意味でも、ゴルゴの名称の由来が、「ゴルゴダの丘でイエス・キリストにいばらの冠をかぶせた13番目の男」というのには違和感がある。


 この解説は、聖書に記されていることと、歴史的なユダヤ教ナザレ派新興宗教(つまりキリスト教)教団の成立史として考察とされていることが併記されているので、突っ込むほうもどこまで突っ込んでいいものやら悩むのだが、わたしはリベラルなカトリックなので、平均的カトリックの知識を持って「カットリク!」を指摘することにする。

 さて――
 まず、完全に間違っている部分として「新訳聖書」はありがちな校正ミス。「新約聖書」が正しい。まあこれは、単純ミスだろう。

 次に、「イエスが処刑されようとした時、12人の弟子たちは誰一人としてその現場にはいなかった。」の部分だが、これは明らかな間違いである。十二弟子のうち、ヨハネだけはイエスの十字架のもとにいたとされている。

イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。(ヨハネによる福音書 19:26)


 ヨハネだけは少年だったので、捕吏に捕らえられることもなく、イエスの母マリアとともに十字架のもとにいた、というのが定説である。そこでイエスは死の間際、上記のように、母マリアをヨハネに託したのである。

カットリク!ポイント71――
カットリク!の十二弟子は、イエスの十字架の下から、みんな逃げてしまった。


 次、「イエスが処刑された後、裏切った事を後悔して自殺した」の部分。イスカリオテのユダの死因だが、少なくとも聖書的には、彼は、イエスの「処刑前」に自殺したことに(マタイ福音書では)なっている。

そこで、ユダは銀貨を神殿に投げ込んで立ち去り、首をつって死んだ。(マタイによる福音書 27:5)


 ところが、使徒言行録ではこれが違うからややこしい。

ところで、このユダは不正を働いて得た報酬で土地を買ったのですが、その地面にまっさかさまに落ちて、体が真ん中から裂け、はらわたがみな出てしまいました。(使徒言行録 1:18)


 解説中にある「事故死」というのがこれを指すのなら、まあ間違ってはいない。しかしモニョるところでもある。
 このあたり、歴史的事実と聖書的記述の差が曖昧になっており、わたしの筆鋒がなまるのもご理解いただけたら、と。

 十二使徒の呼び方だが、解説だと歴史的事実の方を重視し、イエスの死後に十二使徒を自称したということになっているが、聖書的にはイエスが十二使徒を指名した、と、マタイ、マルコ、ルカの共観三福音書には明記されている。

十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、(マタイによる福音書 10:2)


そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、(マルコによる福音書 3:14)


朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。(ルカによる福音書 6:13)


 歴史的事実としては、イエスの死後に固められた教団の主要メンバーが、自らの地位を高めるために十二使徒を名乗り出し、それを福音書として記し、そのうちの一人イスカリオテのユダを内ゲバで亡き者にした、ということはありうることではあるが、そういった証拠はなにもない。
 わたしはリベラルなカトリックなので、上記のような柔軟な思考もできるが、「聖書信仰に立つプロテスタント」は、杉森先生の解説は間違いだらけだ! と拳を振り上げるかもしれない。

 迷ったが、このあたりはまだ、ギリで間違いとも言えないとも思うので、カットリク!ポイントはなしということで。

 いばらをかぶせた13人目の男がイスカリオテのユダというのが誤解云々は、まさしく杉森先生の仰るとおりである。

 以前、なにかのハッキング事件の新聞記事で、「犯人が被害者を13人としたのは、キリスト教の裏切り者である13番目の使徒イスカリオテのユダにちなんでと供述している」というものがあり、この明らかな間違いは無知な刑事の作文かと思っていたのだが、この間違いは、けっこうカットリク!として一般的なのだろうか。その記事を切り取っておかなかったことをずっと悔やんでいる。

 本著、さいとう・たかを先生の「ゴルゴ13(文庫版)」88巻には、ほかにも「マルコ福音書」を扱ったちょっとしたネタがあるので、そのうちカットリク!で扱うかもしれない。
posted by 結城恭介 at 08:00| 新興宗教カットリク!の研究

2017年08月24日

【カットリク!】呪いの聖書

 たまたま古本屋で手に取ったムック本。「死ぬほど怖い噂100の真相」。
 パラパラとめくっていくと――



 ババーン!「怪死した神父が残したカビだらけの呪いの聖書」とタイトルが。
 下のキャプションによると

 ご覧の画像は、19世紀にベルギーのある神父が残した「呪いの聖書」だ。神父は敬虔なクリスチャンだったが、最愛の妻に死にショックを受け教会から脱走。そのまま20年ほど行方をくらましたあと、田舎町の廃墟で、カビとキノコにまみれた不気味な聖書を抱きしめながら死んでいるのが見つかった。
 以降、聖書は第三者の手にわたったが、持ち主はいずれも発狂して死亡。ほどなく「呪いの聖書」の名がつき、現在はベルギーの博物館に所蔵されている。最強の呪いアイテムだ。


 もう脱力、滅茶苦茶である。敬虔なクリスチャンである神父が妻帯していて、妻の死にショックをうけて教会から脱走――教会は収容施設かなんかなんですかね(笑)。

「【カットリク!】恐怖新聞 第12話「悪魔のカード」・前編」でもすでに書いているが――

カットリク!ポイント36――
カットリク!は神父だけど結婚できちゃう。子どももつくっちゃう。


 ですな。
 ちなみに、牧師だったら間違いではないだろうし、聖公会の場合、呼称が「神父」で妻帯している、という稀なケースがないではない。しかしベルギーはローマ・カトリック信者が75パーセントの国である。
 まあ、ベルギーにも英国国教会はあるだろうし、そこの話と思えばあながち間違いと決めつけるのはよろしくないのかもしれない。

 なお、この「呪いの聖書」。上記の逸話はまったくウソで、マジックマッシュルームマニアがつくっていたサイト「シュールーメリー」の掲示板に投稿されたもの、という真相が、次ページに記されている。なんとも、ドッチラケ、である(笑)。

 ちなみに、現在、千葉県立博物館では「きのこワンダーランド」という特別展を行っているので、先日、寄ってみた(ので、この本「死ぬほど怖い噂100の真相」を持っていることを思い出し、この記事を書いたという顛末)。


(一部の展示は撮影も可能)

 2004年までは食用とされていた「スギヒラタケ」が実は毒キノコであった! などとびっくりするような情報もあり、キノコの世界も奥が深い。


(今となっては毒キノコの缶詰!)

 毒ヘビだと思われていなかったヤマカガシが実は危険生物だった、という事件も最近あったりする。科学万能の21世紀になっても、まだ毒性植物・動物の境い目がわからないことがある、というのは、実に興味深い。

 なお、聖書の中にはキノコは登場していない。登場していないので食事禁忌の例にもあげられていない。

 面白い話としては、出エジプト後、イスラエル民族に神が与え続けた食料「マナ」の正体がキノコだった、という説がある。これを元に考古学者ジョン・アレグロは「The Sacred Mushroom and the Cross」という著作をしたため、「イエスは実在せず、教団はマジックマッシュルームを使った幻覚を用いていた」というトンデモ論を展開して学界を追われたのであった。

 きっとジョン・アレグロが上記「呪いの聖書」を見たら狂喜したであろう、とオチをつけて、今日のカットリク!はおしまい。
posted by 結城恭介 at 08:00| 新興宗教カットリク!の研究