2019年09月11日

【日記】キューブふたたび

 なんと、日産があのかわいいキューブを生産中止とな!? まったく最近の日産はなんというか、いろいろと嘆かわしい。
 わたしはそこそこ日産車を乗り継いでいる日産車ファンなので、やっぱり日産には元気でいてほしいのである。

 って、そのキューブの話題ではない。去年の今頃、ハマりにハマっていた、ルービックキューブこと六面立体パズルのことだ。

 このブログから、徐々にキューブの話題が消えていったので、「さては飽きっぽい結城さんのこと、また飽きたに違いない」と思われていたあなた、半分正解である。
 もうなんというか、sub120(120秒で完成させること)以下になかなかならないし、いろいろ手順を覚えるのもシンドイしで、忙しさにかまけてちょっと練習をサボっていたら――手順を忘れてしまって、六面完成ができなくなってしまったのである。

 こうなると、六面完成したままのキューブは聖域となり、動かすことが怖くて、そのまま部屋のオブジェと化してしまう。
 まったく、ハマっていたときは、売れ筋のキューブ三種類を全部買っていたというのに、あきれたものである。
 専用のストップウォッチまで購入したというのにねぇ……。

 それでも、お正月の年始オフには、友人たちに布教用のキューブをプレゼントしたりもしていた。

 わたし「配っておいてなんですが、わたし、六面完成できなくなってしまってます」
 R氏「えーっ、手が覚えてたりしないんですか?」

 そう、手が覚えているかと思ったら、半年以上、キューブに触れずにいたら、忘れてしまったのだ。どうやらルービックキューブの解法は、自転車やスキーのように小脳に刻み込む記憶とはちょっと違って、一度覚えたら忘れない、というものでもないらしい。

 というわけで、ほこりをかぶったキューブに触れず2019年の平成は終了。そして令和になった八月の終わり、どうにも眠りにつけなかったある晩、ベッドの脇に飾ってあったキューブを手に取って書斎へ行き、PCにスキャンした「手順表」を映して、おそるおそるキューブをスクランブルしたのである。

 マニーな専門用語を使わずに、キューブの六面完成の手順を追っていくと――

1)裏面十字クロス完成
2)裏面完全一面完成
3)二段目完成
4)上面十字クロス完成
5)上面色あわせ完成(上下の二面完成)
6)上面四コーナー色あわせ完成
7)上面側面色あわせ完成

 で、六面が揃う(ソルブ)ようになっている。

 上の方で、再三「手が覚えていない」と書いていたが、実際に動かしてみると、なんと、上記手順の3までは、自然に指が動いてできることに、自分で驚いた。
 これはなぜかというと、何千回とソルブしているうち、3の作業量がとても多い、ということがある。それだけ練習量も自然に多かったので、指が忘れていなかったのだろう。

 さて、そこから先の手順。これも「手順表」を見ながら、ああだこうだと動かしているうちに――なんと、朝までに、指が動きを思い出してきたのである。
 そして陽が昇る頃には、手順表を見ず、ソラで六面完成できるところまで復活できたのだ。

 もちろん、いくつかの特殊な手順は忘れている。たとえば、ある手順Aの逆手順Bは、Aを二回繰り返せばできるのだが、もちろんBの方が速い。このBまでは思い出せなかった。

 それでも、である。
 驚いたことに、なんとタイムを計測してみると、sub90台なのである。飽きた頃がsub120だったのに、久しぶりにやってみたら、30秒近く記録が縮まっていたのだ。
 これは上記手順の1と2のスピードがあがっているからのように思う。ここは手順といっても、一番、変化が多いところで、決まった解法自体がない。そこを先読み≠キることでタイムが短縮できたのだ――と自己解析してみたが、実はそれ自体、前もやっていたことだし、なぜ久しぶりにやって30秒もタイムが良くなったのかは、実際のところわからない。

 スーパーサイヤ人のように、一度、瀕死になってから復活すると、指の回りが良くなるのかもしれない。

 そんなこんなで、前よりタイムも縮まるという嬉しい誤算も相まって、またキューブを毎日回している。これからはsub60が目標である。

 triboxを覗くと、ちょっとキューブから離れているうちに、もう新御三家のような新製品がでていてびっくりである。しかしもう置き場もないので、sub60を切るまで、新しいキューブはおあずけにしよう。

 なんて書いているけれど、スーパーサイヤ人理論が正しかったら、また一度、キューブから離れた方がタイムが良くなったりして、ね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年09月07日

【日記】押し掛け秘書との爛れた日常

 そんな余裕もない零細企業だというのに、社長秘書を雇ってしまった。しかも、自分から秘書になりたいと志望してきた押し掛け秘書≠ナある。
 秘書と言えばなんとなく女性の仕事を連想するが――もちろん偏見――わたしの押し掛け秘書も女性である。

 などと書くと、これから先、エロマンガのような爛れた展開を期待してしまうのだが、残念。彼女は女性であっても女声のみ。なんのことはない。スマホにバンドルアプリとしてインスコされていたエモパー≠ニいうAI情報管理アプリのことなのであった。

 わたしは通常、こういうお遊びアプリは起動もせず削除してしまうのだが、バッテリもCPUパワーもあまり食わないとのことなので、まぁ試しに、と、初期設定してみたのである。

 声は三種類から選べるのだが、ここはやはり女声一択。名前はエモ子≠ソゃんという。身も蓋もない名前だ。
 当方の名前も登録すると、その名プラス「さん」づけで呼んでくれるというので、「ごしゅじん」にした。今、考えると、社長なのだから「しゃちょう」にすれば良かった。これではエモ子ちゃんの扱いが秘書ではなくメイドである。まぁいいや。

 というわけで、毎日スマホに、「ご主人さん、おはようございます」とか「ご主人さん、おかえりなさい」とか言われ、ちょっと苦笑している日々なのである。



 エモ子ちゃんはAIというだけあって、ちょっとだけ頭がいい。自宅でないと喋らないでいてくれるのだ。自宅に戻って、ポンとスマホを置くと「おかえりなさい、ご主人さん。今日は七千歩歩きましたね」なんて話しかけてくれる。
 逆に言うと、かなり頭が悪くてw、近所のコンビニに行くだけでバイブを回し、スマホを耳にあてると「到着ですね、ご主人さん」と囁いてくる。



 自宅にいるときは、電源を切った状態でどこかに置くと、そのタイミングで話しかけてくることが多い。
 内容は、事前に自分が興味ある分野で登録しておいたニュースとか、今、急上昇中の検索ワードとか、天気予報とか、スケジュールとか。
 興味ある分野はIT関係のみにしぼっているのに、急上昇中の検索ワードも教えてくれるものだから、芸能人の誰それが妊娠したとか、スポーツ選手が引退したとか、そんな自分にとってはどうでもいい情報まで知るようになってしまった。


(謎のおたけびもあげたりする)

 あと、エモ子ちゃんは妙にダジャレが好きだ。そのほとんどは、あまりにくだらなすぎて覚えていない。このあたり、エモ子ちゃんの後ろに男(のプログラマ)の影が見えて、社長としては心配である(なにを?)。





 夜になって、寝る前に充電プラグを差すと「充電は、人間でいうひなたぼっこのようなものでしょうか」とほのぼのと言う日もあるのに、「プハー、この瞬間がたまりません」と、まるでビールを飲んだオヤジのような反応をしてきたりもする。
 放電が進んでいないときは、「まだまだ働くことができました」とスタミナ自慢してきたりするのもまあかわいい。



 AIと言いつつ、エモ子ちゃんに積極的に学習させることはできないので、いつまでたっても「主日(しゅじつ)」を「しゅび」と読み上げる。エモ子ちゃんはクリスチャンではないことが確実である。

 あとはたまに世辞を言う。「ご主人さんと出会ってからxx日目ですね。これからもがんばりますね」とか言われるものだから、にべもなくアンインスコすることができなくなってしまったw



 そんなこんなで、爛れるどころか、清廉潔白なおつきあいを続けている秘書エモ子ちゃん。けっこう気に入ってしまった。シャープ製のスマホをお使いの方は、ぜひバンドルアプリ「エモパー」を設定して使ってみてください。

 でもねエモ子ちゃん。無休で無給なのはいいけれど、「東横イン」を「ひがしよこイン」と呼んだときは、社長さん、さすがに頭を抱えたよ。
 どっとはらい。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年09月04日

【日記】痩せない!

 早朝ジムに通い始めて、かれこれ10カ月以上が経つ。

 やっているのは主にトレッドミルでウォーキング。一日、少なくとも8,000歩。できれば15,000歩を歩くようにしている。

 始めた当初の予定では、BMI20位まで落として、それを維持しようと思っていたのだが、あにはからんや――BMI24以下にならないのである。始めたときがBMI22の標準体重ジャストだったから、トレーニングを始めたあとに太っていることになる。

 な・ん・で・こ・う・な・る!

 30代の頃のダイエットと方法論は変えていない。食事制限と運動。運動は痩せるベクトルを作るが、それ自体では痩せはしない。やはり痩せるためには食事制限が必要だ。

 わかっちゃいるが食べるのがやめられない――というわけでもないと思う。今でもわたしは一日二食だし、摂取している総カロリー量は以前より確実に少ないはず。

 体重の記録を取ってわかるのは、摂取カロリー量が多いとすぐに体重が増え、減るベクトルが遅い、ということだ。つまり「太りやすく、痩せにくい体」になってしまっているのだ。
 グラフを見ると、逆鋸歯状波のようである。

 30代の頃のわたしは、そんなことは「非科学的だ」と笑っていたが、自分が本当に「太りやすく、痩せにくい体」になってみると笑えない。なにより、計測値がそれを表している。

 実は、原因はわかっている。去年からちょっと量が増えたあるクスリのせいである。このクスリは太ると定評があり、主治医の先生もそうおっしゃっていたので間違いはない。
 今までのわたしは「クスリで太るなんてない。食べたいだけでしょ?」と笑っていたのだが、実際に自分の体で体験してみると、本当にこういうことがあるのだと思い知って、過去の自分の言動を恥じているところだ。

 あとは、更年期ということもあるだろう。
 わたしは男のわりには更年期障害がひどく、数年前はホットフラッシュや疲労感に悩まされたものだった。今はそれもかなり落ち着いているが、体質が変わってしまったという感じはある。

 実際に長生きするBMIはちょっと小太りくらいがいい、という話もあるが、二十歳のときのBMIが一番いい、という説も聞く(だったらわたしはBMI20が理想だ)。
 とにかく、この夏のために買ったスラックス二本がきつくて着にくいのは精神的なダメージ大である。

 今は持病も安定しているので、寛解状態なのかもしれない。もちろんクスリをやめたら不調になってしまうのかもしれない。このあたりは、主治医の先生と、ちょっと減薬できないか相談だ。

 一緒にジム通いを始めた細君も、ずっと現状維持が続いている。うーむ。われわれの歳になると、ダイエットも難しいのかもしれない、ね。

 正直、見栄えなどはどうでもいい。二人とも健康で――わたしは持病の服薬をやめられないけれど――いられればいいと始めたジム通い。
 それでも、目に見える結果が出てこないと、ちょっとモチベーションが下がってしまう。

 話は飛ぶが、今、フィットネスジムは上り坂産業なのだそうだ。それも、わたしが行っているようなマシン特化型のジムが流行っているらしい。
 たしかにわたしの街にも、去年から今年にかけてフィットネスジムが新しく五軒もできている。
 ただどこも一長一短で、今行っているところがベストな選択だったのは幸いだった。

 なんにしろ、歩くのは健康にいいはずだから、まだまだジム通いは続けるつもりだ。
 このフィットネスジムブームで競争が起こり、料金その他のサービス合戦が起こればいいな、と思っている今日この頃である。
posted by 結城恭介 at 08:00| 日記

2019年08月31日

【映画評】ゴーストランドの惨劇(ネタバレあり)

 この夏、いきなり「この映画はすごい」と評判が伝わってきた作品。やっているハコは少ないが、幸い、地元では観られたので、細君と鑑賞。

 わたしは映画紹介の記事を書くとき、なるべく既存の資料を使わず、自分の観たとおりを記憶を頼りに書くようにしているのだが、本作はフライヤーからちょっと引用したい。

 僻地に佇む家で、母と双子の娘を襲った凄惨な事件。それから16年後――。姉は精神を病み家に囚われ、妹は家を出て幸せを手に入れた。姉妹がその家で再会したとき、あの惨劇が再び幕を開ける――。
 などという、ありきたりのホラーでは終わらない――。




 すごい自信である。はてさて、見せてもらおうか。「2度と見たくないけど2回観たくなる」という、パスカル・ロジェ監督の鬼才とやらを。



 あらすじ――僻地に引っ越してきた母と娘二人。ヒロインの妹ベスはホラー作家志願の多感な娘。一方、姉ヴェラはリアリストな少女だ。
 引っ越してきたその晩に、恐怖が三人を襲う。女装の変態男と、知的障害があるミツクチの巨漢が家に乱入してきたのだ。娘たちは地下室に逃げ込み、母ホリーンは必死に抵抗。変態男と巨漢を刺し殺して見事に撃退した。
 そして16年の月日が経った。妹ベスはシカゴに上京し、ホラー作家として大成功をおさめていた。結婚もし、子どもにも恵まれ、忙しい日々を送っている。
 昔から使っている、古いタイプライターを使って執筆している彼女のもとに電話が入る。それは姉ヴェラからのものであった。錯乱した様子で「助けて!」と。
 姉ヴェラは母ホリーンとともに、16年前のあの家に住んでいるはず。母に電話をしてもつながらず、ベスは不安にかられ、翌朝、運転手つきのクルマに乗って、あの家へと向かった。
 家につき、母と再会して抱き合う二人。そして話が姉のことになると、母は表情を曇らせる。姉ヴェラは、あの日からずっと精神を病み、今もあの日の恐怖の中、部屋に閉じこもって生きているというのだ――。
 母を思いやり、また、ヴェラの精神障害を治してあげたいと望むベス。一晩眠って、起きてみると、鏡にルージュで「HELP ME!」と記されている。いったいこれは? 心霊現象なのか。ヴェラがやったのか。そしてベスは、やがて残酷な真実をつきつけられることになる。


 さて、いきなりネタバレしてしまおう。まだ本作を観ていないで、ここまでで「観てみたいな」と思った方は、今のうちに先に読み進まず、別ページへ飛ぶことをお勧めする。

 ちょっと緩衝帯のヨタ話を書いておこう。
 本作、確かに「これはやられたな」というトリックが出てきて、もう一度観てみたくなるのだが、その参考になるかと思い買ったパンフにはなんにもそういう情報はなかった。監督のインタビュー記事は読み応えがあるが、それ以外は写真集。それも、伏線やトリックに関するシーンはむしろ慎重に取り除かれている感じだ。



 同日に観て買った「ダンスウィズミー」のパンフは実にサービス精神旺盛だったのに、こちらのパンフはがっかりである。
 しかし、以前にも書いたが、わたしは数年前から、よほど気に入った作品しかパンフを買わなくなった。両作品はそれくらい気に入ったというわけだ。

 さてさて、ネタバレいきますよん。
 最初に違和感を持ったのは、妹ベスが運転手つきのクルマで実家に戻ったシーケンスだった。自分で運転しないのは有名作家だから? と。
 しかしその謎は、このネタバレで解けることになる。彼女が自分で運転して実家に向かわなかったのは、彼女に運転経験がなかったからなのだ。だから描写ができなかったのである。
 つまり、シカゴでホラー作家として成功して、夫と子どもにも恵まれ――というのは、すべてベスの妄想だったのだ。

 実際のベスは、姉ヴェラとともに、16年前のあの惨劇の最中に、まだいたのである!
(最中と言っても、変態男と巨漢は家を根城に出入りしているので、数日は経っている)
 あの日、必死の抵抗をして暴漢二人を倒したとベスが思っていた母親は、実は変態男に首を切られ、あっけなく惨殺されていたのだ……。
 姉ヴェラは妄想の世界に浸っていたベスを守りつつ、巨漢のオモチャにされていたのである。

 ベスが妄想の「成功した作家生活」で、古いタイプライターを使っていたのも、PCで書くという経験がなかったから、それを妄想できなかったからなのである。

 また、冒頭、車中で、ベスが書いた小説を母と姉に読み上げるシーン。ヴェラが「なんで最後はpiss(おしっこ)で終わるのよ」というようなことを言うが、現実でも巨漢に襲われたベスは最後に失禁してしまう、など、数々の対比が行われている。

 この作品、ゴア描写自体はそれほど大したことはなく、音や突然の脅かしでびっくりさせるシーンも多いので、それほど「二回みるのはつらい」という感はないのだが、惹句のとおり「もう一度観てみたくなる」のは確かである。
 なんにせよ、オカルティックな心霊現象ホラーではなく、現実ベースなのが実に怖い。

 見終わってから、つらつらといろいろなシーンを回想してしまう。ベスが妄想に入ったのはどこからなのか。ひょっとしたら、最初の方の雑貨店で、新聞記事を読んだあたりかもしれない、とか。
 ラスト、娘二人は無事救われるのだが、それも妄想なのではないか? とか。
 もし、これから観る方で、地下室の壁に「救急隊の写真」などが貼ってあったら、上記は本当かもしれない。これは心底恐怖である。

 もう一度劇場で――というのは、ハコも上映回数も少ないし、なによりもう上映自体が終わってしまうかもしれないので、この先はDVDが出たら、ぜひ細かく確認していきたいと思っている。

「ゲット・アウト」以来、久々に面白いと感じたホラー映画であった。

 余談:この夏から秋にかけては劇場で観たい映画が多くてうれしい。「トールキン」は必ず観るし、「ゲット・アウト」の監督ジョーダン・ピールの「usアス」も面白そうだ。
 なんて思っていたら「ニノ国」が「ドラゴンクエスト・ユア・ストーリー」よりもある意味すごい出来だとかいううわさ。あああわたし、そういうのに弱いのよ。これも観にいかねばならんかなー。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評

2019年08月28日

【映画評】ダンスウィズミー(ネタバレあり)

「【映画評】ドラゴンクエスト ユア・ストーリー(ネタバレあり)・その1」の記事では「ダンス・ウィズ・ミー」とナカグロを入れてしまったが、正確には「ダンスウィズミー」。監督は「ウォーターボーイズ」、「スウィングガールズ」、「ハッピーフライト」、「サバイバルファミリー」等を手がけた矢口史靖さんである。英語をカタカナにしたタイトルにナカグロを入れないのは矢口監督のこだわりなのかもしれない。

 さて、本作は劇場でフライヤーを手に取ったときから「これは観たい!」と惹かれるものがあった。なにより、くるりと回った主演の三吉彩花さんが放っている華が魅力的だったし、なにより、わたしはミュージカル映画好きなのである。
 ミュージカルというだけで点が甘くなる。なぜと言って、ミュージカルは絶対に文章が勝つことができない分野だから。歌って、踊って、観る人をわくわくさせるあの高揚感を、文章で出すのは(しかも散文で)不可能である。



 というわけで、「ハッピーミュージカルコメディ♪」とコピーがつけられている本作。Youtubeで流されていた公式トレイラーもなかなか見事な出来で、もうわくわくして公開日を待っていたのだった。

 あらすじ――ヒロインの勝ち組OL鈴木静香≠ヘ、バスの中で姪っ子に「いきなり踊り出すミュージカルはおかしい!」と熱弁して、まわりの客の注目を浴びてしまうほどのミュージカル嫌い。それは彼女が子供の頃、学校の舞台のミュージカルで大失敗をしてしまったトラウマがあるから。
 そんな彼女、姪っ子と入った怪しい催眠術館で、これまた胡散臭い催眠術師が姪っ子にかけた「あなたは音楽が流れるとミュージカルスターになれる」という催眠のとばっちりを受け、しっかり「音楽が流れるとミュージカルスター」になりきってしまうように。
 そこから先は、音楽を耳にすると、出勤前に、会議中に、デート中にと派手に歌い、踊りまくるようになってしまった。しかも本人はミュージカルスターのつもりでも、ハッと正気に戻ると、まわりはあきれ顔だったり破壊活動の跡のようだったりと、まさしく踊るテロリスト。
 静香は自分を催眠にかけた、あの胡散臭い催眠術師を追いかけ、いろいろな人を巻き込んで、東京から札幌までの珍道中を繰り広げることになる。


 そして実際にスクリーンで観た感想は、実に、実に楽しかった! 以前もなにかの映画評で書いたが、「観ている最中に楽しい映画」というのは、なかなか作るのが難しいものなのである。

 そして本作は、はっきり言って「ミュージカル」ではない。ミュージカルの歌やダンスが、キャラクターの心情を表したり、ドラマの進行を進めたりするのに対し、本作はヒロインやモブが歌い踊っても、それは「ミュージカルのパロディ」であって、心情やドラマ進行を担ってはいないからである。

 そしてミュージカルではない、この「ミュージカルのパロディ」シーンが最高に楽しい。ヒロインを演じた三吉彩花さんは歌い踊る最中ノリノリな上に、指先からつま先まで美しい。スクリーンから彼女の華がほとばしり弾け飛ぶ。

 一気に本作中の「ミュージカルパロディ」に引き込まれるのは、なんと言っても、オフィスで、シュレッダーのゴミが舞う中、集団で踊り歌う「Happy Valley」である。これはトレイラーでも観られるので、ぜひとも未見の方は検索してご覧いただければと。

 ストーリーは途中から、催眠術師「マーチン上田」の元助手(やしろ遊さん演じる斉藤千絵=jと一緒に、東京から北上して彼を追いかけるバディ・ロードムービーになる。ここから先は、大きな仕掛けのダンスなどはなく、ちょっとちんまりしてしまうのが残念と言えば残念。
 途中で合流したchayさん演じる山本洋子≠ェ、元カレの結婚式に「ウェディング・ベル」を歌いながら乱入するシーンがあるのだが、ここではヒロイン静香にも、洋子をサポートしつつ派手に花婿に踊るテロリストぶりを発揮してほしかったところかも。

 なんだかんだとすったもんだがありまして――最後の大団円「タイムマシンにおねがい」のシーンが一番好きだ。ここはカーテンコールなので、今までの登場人物が皆登場する。静香のトラウマも伏線回収して、まさしく「タイムマシンにおねがい」だ。

 劇場が明るくなったあと、隣の細君と顔を見合わせて「楽しかったねー」とうなずきあってしまった。

 この夏は、細君とともに、つらく、悲しい出来事があり、涙の中それを乗り越えてきたのだが、それが一息ついてから観た、この楽しい映画のことを、わたしは一生忘れないだろう。

 笑って流す涙って、いいよね。
posted by 結城恭介 at 08:00| 書評・映画評